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明石弁天厳島神社

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by kawa0201jp | 2012-01-29 21:21 | 足利探訪

山川長林寺

昨夜、雪が降ったので綺麗だろうと思いながら久しぶりに福聚山長林寺にいってきました。
ここは毛野地区山川町の旧国道50号線から北に少し入ったところにあります。松並木を通って山内に入ります。毛野大坊山ハイキングコースの入り口でもあり、春や秋にはハイキング客でにぎわいます。
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この寺は明応8年(1499)年にに常陸国小茎に創建された金剛山東林寺をその前身とします。現在、本堂の改修工事中です。


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寺の東には権現池という大きな池があり、弁財天がいて子どもの頃よく遊びました。また、寺の東の山を急な石段を登りつめたところに、朱塗りのお堂があります。これは、道了大権現であり、このお堂は崖の上に突き出た建物で、若干舞台造り風にできています。ここからの山内の眺望はすばらしいです。お堂のすぐ右手には大きな岩があり、鏡岩といいます。悪いことを犯した人がこの前に立つと、悪事の数々が岩に映しだされるという言い伝えがあります。これをひとつとして長林寺には七つの伝承があり、山川長林寺の七不思議として今に守り伝えられています。

石井進先生監修で『下野山川長林寺乃研究』という研究所も刊行されています。
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宗教法人長林寺http://www.chorinji-sanctuary.com/山川長林寺資料調査会http://www.geocities.co.jp/chorinji/
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by kawa0201jp | 2012-01-24 17:21 | 足利探訪

歴史科学協議会サイトより転載

■ 東京歴史科学研究会歴史科学講座「歴史学は災害にどう向き合ってきたのか」
  2012年1月29日(日)13時~ 早稲田大学戸山キャンパス 
   成田龍一氏「災害史の構想力と可能性をめぐって―3.11の経験をへて」(仮)
   北原糸子氏「理系災害学と文系災害史研究」   
※事前申込みも不要です。奮ってご参加ください。


■ 「建国記念の日」反対 2012年2.11集会
   日 時:2012年2月11日(土) 13時30~
   会 場:日本橋公会堂ホール4階(交通案内・地図はPDFをご覧ください。)
   資料代:500円(高校生以下無料)
   報告者:後藤 道夫氏 「憲法が生きる人間らしい社会と教育を」
       田中 正敬氏 「関東大震災における「人災」と国家―未解決のままの朝鮮人虐殺―」
    特別報告 沖縄はいま―教科書と基地―
※会員/非会員問わずどなたでもご参加いただけます。事前申込みも不要です。奮ってご参加ください。


■ 歴史科学協議会主催シンポジウム「原発震災・地震・津波 ―歴史学の課題―」
   日 時:2012年3月24日(土) 13時~(12時30分開場)
   会 場:学習院大学南3号館201教室(JR山手線目白駅下車)
   資料代:500円
   報告者:石橋 克彦氏 「史料地震学と原発震災」
        渡辺   治氏 「戦後史のなかで大震災・原発事故と復旧・復興を考える」
        西村慎太郎氏 「文書の保存を考える」
   司 会:保立 道久氏
※会員/非会員問わずどなたでもご参加いただけます。事前申込みも不要です。奮ってご参加ください。
※シンポジウム当日は、被災史料救援活動への募金をあわせて行います。ご協力をお願いいたします。
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by kawa0201jp | 2012-01-22 22:49 | 研究会案内

遠山史学と歴史学の現在

今日は、あいにくの天気でした。明治大学駿河台校舎で行なわれた「遠山史学と歴史学の現在」に参加してきました。シンポジウムは13:00~17:30で歴史科学協議会・歴史教育者協議会・歴史学研究会の共催。4名の報告の後、討論という構成でした。報告者と論題は以下のようです。
板垣雄三  遠山さんと〈東アジア〉歴史像
大門正克  昭和史論争後の遠山茂樹―論争の課題をどのように受け継ごうとしたのか
大日方純夫 遠山史学における「自由民権」の位置
丸浜昭   遠山氏の歴史教育論の何にこだわってきたか
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それぞれ勉強になりました。板垣先生は、『歴史評論』1月号に書かれたこととも関わらせて、中東の激動に引き寄せながらいろいろ刺激的な問題提起をしていました。大門先生の報告からは遠山氏の研究姿勢を知ることができました。大日方先生は、遠山自由民権運動と論争を受け止めつつ、独自の自由民権運動観を話されていたように感じた。丸浜先生は、高校での授業実践の中でどのように遠山史学を活かしてきたかを話されていた。
報告の本題よりも、そのあいま合間にもらすつぶやきというか、もれる思いで話が面白かった。
討論も、個別の質問と大きな質問と活発に行なわれた。
井上清氏はジェンダーについて述べたものがあるが、遠山茂樹氏にはそれはない。しかし、書いていないからといってジェンダーについて何も考えを持っていなかったと言ってしまってよいのか、どうだろうか? というような質問があり、板垣先生が、遠山さんはあちこちに呼ばれ忙しく家に寄り付かないと奥様によく怒られていたという点などは微笑ましい。
開会にあたって、司会から先に「謝罪」のあった点ではあるが、「天皇制」について述べる報告がなく、今後どのように継承していくか。このような質問もあった。

シンポジウムでは遠山茂樹主要著作リストも配布されたが、そのリストを眺めながら、そういえば図書館で借りてパッと返すばかりで、じっくり読んだことがないなと思い神保町の古書店で『明治維新と現代』『日本近代史Ⅰ』を買い、前者を電車の中で読んで帰宅した。
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お買い物
・『聖フランシスコ・デ・ザビエル書翰抄』岩波文庫、上下巻
・シュトラウス『イエスの生涯・緒論』世界書院
・土井正興『歴史をなぜまなぶか』青木書店
・遠山茂樹『明治維新と現代』岩波新書
・遠山茂樹『日本近代史Ⅰ』岩波全書
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by kawa0201jp | 2012-01-21 23:23 | 参加記

良知力『向こう岸からの世界史』

本書は、ウィーン(部分的にはベルリン)を舞台にした1948年革命の実像を新たな角度から見直したものである。深刻な問題点を含んでいながら、ウィーン革命のリアリティが生々と叙述されている点でとても面白く読める魅力的な世界史の本である。著者は19世紀ドイツのヘーゲル主義的西欧中心思想、とくにアジア=スラヴの人々の問題に対するヘーゲル左派やエンゲルスの近代主義史観を批判しつつ、ウィーンにおける48年革命のなかにひそむ民族問題の意味をえぐりだしている。革命圧殺者の先兵となったクロアティア兵のなかに著者はベトナムに送られたアメリカの黒人兵の姿を重ねあわせると同時に、ブルジョアジーに裏切られつつブルジョア革命のために死んでいった「プロレタリアート」のなかにも、ボヘミア出身の多くのスラヴ人を見いだしている。民族的対立と民族問題の根深さと重要性をあらためて考えさせられる1冊である。a0239911_957656.jpg


1848年のウィーンの革命史の実態を詳細に描くなかで、著者は「歴史なき民」こそが歴史の担い手であり、革命の主体であったという事実を掘り起こす。少数民族や賎民が生き生きと描かれた本書は、著者の自己の半生をかけて達成した成果を克服しようとする試みであり、思想史から社会史への転換点を示す記念碑的作品である。
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by kawa0201jp | 2012-01-16 09:54 | 読書メモ

土井正興『新版スパルタクスの蜂起』

 本書は、共和制末期ローマの大奴隷反乱=スパルタクス蜂起の内容や性格を解明しつつ、この奴隷反乱がローマ史上に占めた歴史的役割を論じたものであり、前近代社会の階級闘争史では最も魅力ある著書の一つである。奴隷制社会としてのローマが抱えている矛盾が生々と簡明な文章で叙述され反乱の社会的背景が浮き彫りにされると同時に、反乱のプロセスと結果の分析によって、スパルタクス蜂起がめざした奴隷解放の新しい方法、奴隷がかかえていた内部矛盾と敗北の原因、蜂起が残した世界史的・思想史的意義などがわかりやすく論じられている。歴史における民衆ないし被抑圧大衆の役割を明らかにしようとする著者の一貫した意図が、抽象的な理論としてではなく歴史の具体的な分析と叙述のなかに執拗に貫かれており、さわやかな感動をうんでいる。西洋古代史に関心を持つ人に限らず、広く歴史学を研究するものに一読をすすめたい。a0239911_2391238.jpg
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by kawa0201jp | 2012-01-14 23:05 | 読書メモ

平泉澄「金澤文庫と足利學校」について

平泉澄「金澤文庫と足利學校」は、大正15年に至文堂から刊行された『中世における精神生活』のひとつの章として収められている。現在は、平成18年に錦正社から「漢文・古文に返点・濁点・句読点をつけ努めて読みやすくし」たものが刊行されている。
錦正社のサイトには以下のようにある。

 平泉澄博士の第一著作で、近代的な中世史研究の原点とも評価される名著を八十年ぶりに組み直し、新たに解説・索引を加え、漢文・古文に返点・濁点・句読点をつけ努めて読みやすくし復刊。
 博士は、従来、闇黒の世界、錯雑の世界と称され、ほとんど顧られることがなかった「中世に於ける精神生活」の種々相を解明して一書を成すことが年来の願いであった。
 上代と近世との中間に在って承前起後の位置を占める中世を理解する事は、国史全体を貫く理解となること、また中世の精神生活を明らかにする事が、混迷せる現代の思想界に一つの光明・指針を投げかけることになると確信したからである、という(自序)。
 本書は、出版後、学界・思想界にも当時の世相にも極めて大きなセンセーションを巻き起こした。しかも今なお、学位論文『中世に於ける社寺と社会との関係』(大正十五年刊)と共に高く評価されている。本格的に歴史と社会の見直しを迫られている今こそ、この名著が読み直される好機と考え、ここに復刊する。とりわけ若い史学研究者や歴史愛好家たちに、このユニークな大著を丹念に味読して頂きたい。 
 

ここでは、至文堂によるが、「金澤文庫と足利學校」の問題意識を記した文章を引いておく。旧字体は、新字体になおしてある。金沢文庫と足利学校が、教育・研究機関としてはさほど機能していなかったとする。今後、足利学校の歴史を批判的に考えていくにあたって重要な指摘もみることができる。
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 中世に於いて宗教がすべての文化価値の最高究竟のものと考へられ、上代に於いて貴族文化の栄えたときには「木の端のやうに」思はれた僧侶が、最も尊きものとして尊敬せられ、其他のものは此の宗教に従属し、その関係に於いて僅かにその価値を保有すると考えられるるに至ったのは、無論従来支配階級であつた貴族が、政治上にも経済上にも俄かにその勢力を失い、それと共に貴族文化が究速度に衰退した結果ではあるが、しかし之に代つて宗教文化が俄かに台頭し、あれ程迄に深く宗教意識を全国民の脳裏に呼び起し得た事は、当時に於ける教育が僧侶の手によって握られてゐた特殊の事情に、その最も深き原因を帰せなければならない。
 しかるに中世の教育を説くものは、従来殆んど一定して、この時代を暗黒の時代と見、而してその暗黒の中に於ける稀なる光明として、金沢文庫と足利学校との二つを非常に重大視して居る。しかしながら此の二者は、果してそれほどの価値があつたかどうか、即ち従来説かるるが如き重大なる意義を中世文化史上に持つものであるかどうか、私は疑いなきを得ない。そこで本題に入るに先だち先づ金沢文庫と足利学校との歴史を調べ、それが中世の文運に如何なる貢献をなしたかを考へ、その歴史的意義を論定したいと思ふ。
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by kawa0201jp | 2012-01-10 11:11 | 足利学校

土井正興『生きること学ぶこと』

土井正興『生きること学ぶこと』三省堂選書72、1980年
目次
Ⅰ軍国主義のくびきのもとで
Ⅱ戦後の嵐のなかで
Ⅲ「私の大学」歴研への「入学」
Ⅳスパルタクスとのであい
Ⅴ人間の尊厳の回復をめざして
Ⅵたたかい、たおれた人々とともに
あとがき

学生諸君からよく「なぜ先生は歴史なんかやっているのですか」ときかれることがある。こうした学生諸君の質問に、とても三〇分や一時間で答えることはできない。それは、現在、私がいまもまなんでいることと、いままで私がいきつづけてきたこととは、深いかかわりがあり、懸命に生きるなかでこそ、どのように学ぶべきかをくりかえし問いなおしてきたからである。これは学生諸君の顔を思いうかべながら、こうした素朴な問いにたいしてかかれた現在の段階での未熟なひとつの答案にすぎない。(裏表紙より)

1924‐1993年
1949年東京大学文学部西洋史学科卒業
大学非常勤講師や高校教諭を経て、専修大学教授
http://webcatplus.nii.ac.jp/#/134c01f0f7a
【読書メモ】
友人から『専修史学』第50号(2011年3月)を、2011年冬にもらった。「世界史教育」や「グローバルヒストリー」について話していて、それならと持ってきてくれたのがこれだった。周藤新太郎「世界史教育の視点から「世界史の現在」を考える」を読んだことによって、土井正興を知った。
『生きること学ぶこと』は目次を一瞥すればわかるとおり自叙伝である。生まれた家は、その直後、土井の父から、永田鉄山に譲られ、土井の一家は姫路に引越しをしたことから始まる。
歴史学研究会の歴史を知る上でも、世界史教育の進展について知る上でも多くの貴重な記述がある。
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by kawa0201jp | 2012-01-09 10:59 | 読書メモ

シンポジウム「遠山史学と歴史学の現在」

報告者
 板垣雄三  遠山さんと〈東アジア〉歴史像
 大門正克  昭和史論争後の遠山茂樹
        ―論争の課題をどのように受け継ごうとしたのか
 大日方純夫 遠山史学における「自由民権」の位置
 丸浜昭   遠山氏の歴史教育論の何にこだわってきたか
日時 2012年1月21日(土曜日) 13時~17時30分
会場 明治大学駿河台校舎リバティータワー1001教室
(JR御茶の水駅より徒歩5分・地下鉄神保町駅より徒歩5分)

資料代 500円(事前申し込み不要)
共催 歴史科学協議会・歴史教育者協議会・歴史学研究会

*シンポジウム終了後、「偲ぶ会」(一般5,000円/院生・学生3,000円)を
開催いたします。

趣旨文
 遠山茂樹氏が2011年8月31日逝去された。遠山氏は『明治維新』(1951年)、『昭和史』(1955年)、『戦後の歴史学と歴史意識』・『明治維新と現代』(1968年)、『福沢諭吉』(1970年)、『日本近代史Ⅰ』(1977年)、『歴史学から歴史教育へ』(1980年)、『自由民権運動と現代』(1985年)『明治維新と天皇』(1991年)などといった著作を通じて、さらには共著・共編の『自由民権期の研究』(1959年)、『歴史像再構成の課題』(1966年)、『近代天皇制の成立』・『近代天皇制の展開』(1987年)に結実するような共同研究の中心的組織者として、戦後の歴史学を身をもって体現し、かつリードしてきた研究者であった。
 氏の学問は、明治維新史や自由民権運動研究をはじめとする日本近現代史、東アジア歴史像の再検討を通じた史学方法論、昭和史論争における歴史叙述をめぐる問題、歴史教育論にいたるまで幅広い分野にわたっている。また、1968年・1969年の二度にわたって家永教科書裁判で証言に立ったのをはじめとして積極的にその支援に加わるとともに、日教組の全国教育研究集会の講師(1956~66年)、さらには自由民権運動百年全国委員会実行委員長(1980~85年)を務めるなど、歴史学の成果を広く社会に還元し、共有していくという活動にも積極的に関わってこられた。
 いっぽう氏は、一九五二・五四~五五年度歴史学研究会委員、一九六一年度編集長、一九六四~六五年度年委員長を歴任されるなど、歴史学研究会との関わりの深い方でもあった。
以上のような遠山氏の歴史学・歴史教育、さらには広く展開された氏の社会的活動を踏まえて、4人の方々にご報告をお願いした。氏の戦後50年近い研究・教育活動の軌跡を振りかえりつつ、歴史学の現在と今後について考える意義ある場にしていきたいと考えている。

多くの方のご参加をお待ちしております。
歴史学研究会委員会

http://rekiken.jp/seminars.html#kyousai
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by kawa0201jp | 2012-01-07 00:37 | 研究会案内

2012年初詣

a0239911_2235391.jpg今年の初詣は、足利尊氏の菩提寺である鑁阿寺にしました。鑁阿寺は、足利市民から「大日様」と親しまれているお寺です。その名のとおり、大日如来を本尊とする真言宗の古刹で、正しくは金剛山仁王院法華坊鑁阿寺といいます。現在は、真言宗大日派の本山であるそうです。せっかくですので、簡単に歴史についてもふれておきましょう。
鑁阿寺は鎌倉時代の建久7(1196)年に足利義兼が館の中に営んだ持仏堂が始まりだといわれています。義兼の没後の天福2(1234)年にその子、義氏が追善供養のため現・本堂を建立し寺院化を図りました。南北朝時代の終わりごろからは、鎌倉の鶴岡八幡宮の支配下に置かれたと考えられています。鑁阿寺の経済的基盤は、足利庄内の寺領でした。江戸時代は、歴代将軍から朱印地を賜り、徳川綱吉の聖母桂昌院の保護を受けました。明治維新以後は、朱印地は上地となり、一時衰退します。その後、住職の努力と信徒の崇敬とによって次第に復旧し、現在に至っています。
建造物としては、大御堂(本堂)・鐘桜・一切經堂が国重文に指定されています。
本堂をお参りした後境内をゆっくり散策し、庭園でのんびりしました。その際、国重文に指定されている建物を携帯で写真を撮ったので掲載しておきます。
天福2(1234)年に義氏が寺院化したことは先に記しました。その前は中世の武士の邸宅でした。大正11(1922)年に足利市邸宅址として国史跡に指定されています。水堀と土塁に囲まれ楼門・東西の門から足を踏み入れることができます。最初に訪れたときは、楼門から入ってください。そこにかかる太鼓橋は江戸時代の作ですが、「土木学会関東支部栃木会」によると形式的に珍しいものだそうです。東西の門とともに、栃木県文化財に指定されています。


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by kawa0201jp | 2012-01-05 21:59


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